落ち着きのある秩父観音霊場の発願の寺。
本堂(観音堂)は、元禄10年(1697年) に建立されました。(埼玉県指定有形文化財)
本堂正面の欄間には、地獄の世界と極楽の世界を刻した地獄・極楽の図も見どころです。
四萬部寺の名は、性空上人の弟子幻通が四萬部の仏典を読経して経塚を築いた、と伝えられる事に由来しています。
四萬部寺は、秩父三十四観音霊場、札所一番としてよく知られています。
山門をくぐり中へ入ると、正面奥に朱塗り銅葺きの観音堂が端然と建っています。
秩父札所一番は昔、性空上人が弟子の幻通に、「秩父の里へ仏恩を施して人々を教化しなさい。」と命じました。
幻通はこの地で四萬部の仏典を読誦して経塚を建てました。
この釈迦如来像は明治の末に行方不明になってしまいました。
その為、戦時中強制供出を免れ70年後東京の銀座で発見され、十方の信心の施主により安置されました。
仏徳の偉大さと、災いを福と転ずる運気に感謝し今も信仰されています。
本堂の中へ入ると、左の奥のほうへ、おたすけ観音様が安置されています。
あらゆる悩み、あらゆる苦しみをおたすけくださるとして、大勢の人々に信仰されています。
また、左手前にはおびんずるさんもおられ、撫でた箇所が良くなる不思議な力があるとしてこちらも多くの方が参拝されます。
本堂に上がってお近くでお参りいただけます。
元禄の頃の建築といわれていて、精緻な造り、荘重で気品のある堂宇は県指定文化財になっています。
緑の木立とよく調和してとても美しい観音堂です。
この堂で行われる四萬部の施食会は、関東三大施食会の一つとして大変賑わっています。
古くは、三十俵の米を炊き、詰めかけた信者はもとより、多くの乞食たちにも平等に施したものだったと云われています。
年に一度、あらゆる御霊のご供養が四萬部の施食殿において行われ、
どなたでもご参列いただけます。